レインファーム通信9月号(2004)


            

はぜの実で、床磨き

日本人は素足で床を歩く民です。

板の木目やイグサの織り目を、足の裏で感じて暮してきました。

最近、本物の木を感触、味わっていますか?


合成ワックスと自然のワックス

木の床は、現在その多くが「複合フローリング」と呼ばれる、合板を心材にした、表面ほんの数ミリの板が貼り合わせてあるものになっています。無垢板と比べ、狂いが非常に少ないので施工しやすいこと、また施工後のクレームも少ないことから、いまやフローリングの主役として大手住宅メーカーの多くが使っています。でもこれは木というよりも、むしろ「接着剤」の塊といってもいいくらいの品物です。この接着剤の問題点については、とても重要なので次号以降とりあげたいと思います。今回はその表面に塗るワックスに何が含まれているのか、どんなリスクがあるのかについて特集します。

子供さんが化学物質過敏症で新潟にお住まいの、あるお母さんに以前から相談をうけていたことのひとつに学校の床に塗るワックスのことがありました。私も小学生のころ毎週のように掃除の時間にモップで塗っていたことを思い出し、代表的なメーカーについて調べることにしました。

教室などのビニル床には水性ワックス、体育館の木の床には樹脂ワックスが売られていました。これらのワックスはいずれも水性なので、トルエンやキシレンといった有機溶剤は含まれていません。ただし、ワックスの伸びや施工性、被膜を作りやすくするなどの目的で、アクリル樹脂などの合成樹脂、表面を平らにするためのフッ素系界面活性剤、あわ立ちを防ぐための消泡剤が含まれています。また、防腐剤は水が含まれているため欠かせません。被膜を作っているワックス成分も自然由来のものだけではなく、石油から精製されるパラフィンろうが使われています。これらの人に対する毒性をごく簡単にまとめると次のようになります。

ジエチレングリコール:               皮膚、目、気道に刺激性

非イオン系界面活性剤:               生殖毒性、胃腸過敏
防腐剤(ベンゾチアゾール):       発がん性、変異原性(細胞が突然変異を                起こす)、皮膚、目に対する重度の刺激

可塑剤(TBXP):                       生殖毒性、変異原性、酵素の異常、呼吸不全など。

消泡剤(シリコン系):                吸入による肺の障害、目の刺激。

これらの成分はメーカーが開示したものについての調査ですが、いままで様々なメーカーに成分を問い合わせても、多くの一流メーカーは「企業秘密」という理由で詳しい化学物質名を明らかにすることは少なく、○○系といった程度の情報しか教えてくれません。

人の安全よりも企業の利益を重んじる日本の会社の姿勢を疑いたくなります。

最近のシックスクールやシックハウスの対策として、ホルムアルデヒドやトルエン、キシレンを含まない水性塗料やワックスが安全であるかのように謳うメーカーもあります。けれども、水性になったことで防腐剤などの新たな添加物を必要とするなど、問題はさらに一般の消費者にはわかりにくくなってしまったと思います。

自然のワックス

ドイツの自然塗料メーカーのほとんどが、蜂の巣から採れる「みつろう」、オレンジやレモンの皮から採れる「シトラスオイル」を主原料とした「蜜蝋ワックス」を作っています。みつろうはキャンドルとして昔からヨーロッパの国々の人達に使われてきた自然素材です。

蜂が巣を作るときに分泌する成分なので、繰り返し採取できるエコロジカルな素材です。

ここ数年で日本でもかなりの数の商品が販売されていて、少しずつ普及しているのはとても喜ばしい限りです。

ただ、シトラスオイルの成分に反応してしまう、重度のアレルギー患者さんや、化学物質過敏症の方たちには、このワックスを使えないことがあるのが悩みでした。




はぜの実


「この人達にも使えるワックスをつくりたい」「できれば日本の素材で」という考えで、試行錯誤の末、和ろうそくの原料である「はぜ」の実の蝋、「木ロウ」をワックスにすることになりました。木ロウは、「ジャパンワックス」と呼ばれることからわかるように日本の特産品です。漆科の木の実で、江戸時代には九州の藩主が奨励し、盛んに栽培されました。ろうそくのほか、お相撲さんの「まげ」を結う「びんづけ油」として、また現代では口紅、眉墨、軟膏などの用途で使われています。ただ、現在はパラフィンろうなどの合成ろうに押され、またハゼの木の乱伐などで、以前に比べて生産者はごく限られているのが残念ですが、それでも透明で光沢がある、人の肌によく合うなど、合成品には真似のできない特性をもっています。

この木ロウを溶く油は様々なものが考えられましたが、塗料として向いていて、食べても体に良いということで、荏油(えあぶら)を使うことにしました。荏油が採れる荏ゴマはゴマではなくて、シソ科の植物で、そのまま食べてもぷちぷちとした歯ざわりが楽しい食べ物です。荏ゴマに含まれるオイルは、アレルギーにも良いとされるα―リノレン酸を多く含みます。すべて手作業でこの「食べられるワックス」(食べ物ではありませんが)がつくられています。

昔から日本では建物の木を磨くのに、米ぬかなどを使っていたようですが、今の米の糠には、農薬が含まれている危険性があるので、使う場合は無農薬のお米の糠がよいでしょう。油を使いたくない方なら、手間はかかりますが、ロウをドライヤーなどで直接溶かして塗り広げることもできます。

ただし、塗ることばかりを勧めているわけではなくて、床に何も塗らないという選択肢もあることを忘れないで欲しいと思います。自然に手垢で黒ずんできて、いい風合いになるのを待つ時間を楽しむ心の余裕さえあれば、本当は塗る必要のないものです。

手垢も家の歴史のひとつ・・・とまでいかないときには、せめて危ないものを塗るのは避けたいものです。